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【DbD】ビットリオ・トスカーノのアーカイブストーリー「彷徨い人の旅」“学術書14”

 

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こんにちわ。きまぐれです。当ブログでは、DbD(デッドバイデイライト)に関する情報をお届けしています。初心者さん向けに分かりやすい解説を心掛けております。どうぞよろしくお願いいたします。(※総プレイ時間約3000時間程度の若輩者です)

 

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きまぐれ

本日は【学術書14】で解放されるビットリオのアーカイブストーリー「彷徨い人の旅」のご紹介です。

“学術書14”ビットリオ・トスカーノ「彷徨い人の旅」


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物語と一緒に解放された、ビットリオ・トスカーノのアーカイブムービーになります。こちらも合わせてお楽しみください。

記憶 116

 

ビットリオは黒い霧に囲まれ、周りのものは見えない。しかし、自分がどこかに落ちていくことは分かった。

 

ビットリオには、自分の体がぐるぐる回転しているのか、それとも、あまりの喜びに自分の心が舞い上がっているのか、その区別がつかない。ついさっきまで一心不乱に牢屋の床にシンボルを刻み続けていた。その努力は報われた。囚われの身だったその体は解放された。

 

体の回転は、ますます勢いを増していった。何かが喉の奥にこみ上げてくる。ビットリオは歯を食いしばったが、我慢できない。その口はこじ開けられ、ビットリオは黒い霧を吐き出した。その霧は彼の周りに漂い、彼の汚れた髪の毛をすり抜け、血を流す彼の指と絡み合った。この闇、この気味の悪い奇跡は、彼の体を内側からも包み込んでいた。

 

それはなんとも魅惑的な感覚だった。ビットリオはその感覚に身を任せ、それをずっと味わっていたいと思った。そして自分の世界が姿を消し、全てが忘れ去られていく気がした。

 

いや、俺は負けない。けして自分を見失ったりはしない。俺はポルトスクーロ公のビットリオ・トスカーノだ。失われた知識を研究する学者でもある。時間を超越した偉大なる観察者を探し出し、彼らの知識を手に入れるんだ。

 

体が落ちていくのが止まり、固い地面に足がついた。ビットリオは最後の霧を口から吐き出した。そして霧が明け、閑散とした村が姿を現した。海に面したビットリオの領地よりも、かなり小さな村だ。そこは書物に描かれていたような楽園ではなかった。

 

やはりな・・・知識はそう簡単には手に入らないものさ。

 

だが、ここがどこであろうと、探求の旅は始まったばかりだ。俺はまだ、自分を見失っていない。「まだ・・・」その言葉が彼の頭にこだました。

記憶 117

ビットリオは村の大通りを見て回った。その目は辺りを立ち込める悪臭で涙目になった。この村はいったいどうなっているんだ?道は石畳ではなく砂でいっぱいだ。酒場、牢屋、金貸し屋といった重要な建物でさえ、小さく作られている。その他の建物はもっと小さくて粗野で荒れ放題の状態だ。

 

ビットリオが最初に町の住民らしき者に遭遇したのは宿屋だった。宿屋の玄関先の崩れ落ちた階段の下で、数人が震えながら寄り添っている。ちょっとお尋ねするが、ここはいったい、どういう場所なんだい?

 

その集団はビットリオの顔を見上げたが、彼らの顔に生気はない。

 

この匂いが気になるんでしょう。ひどい匂いだね。何の匂いだと思う?彼にはその質問の答えが分かっていたが、答える気はしなかった。

 

彼がその場から去ろうとすると、その女が彼の足元にしゃがみ込み、踵を掴んできた。行かないでちょうだい。彼はあんたがここに来ることを知っていたんだ。あんたを引き留めておくように言われたの。

 

すると突然ビットリオの背後から腕が伸び、彼の胸ぐらを掴み、宿内の壁に投げつけた。その衝動でビットリオは宿屋全体がドスンと揺れるのを感じた。彼に襲い掛かった男は、床の上に倒れたビットリオの上にまたがり、自分のローブの下から何かを取り出した。

 

俺は武器を持っていない。何も身につけてないんだ。ローブを着た男にビットリオの言うことを気にする様子はない。男の手には異世界で作られた拷問装置があった。それは機械仕掛けの悪夢のようだ。ビットリオは抵抗したが無駄だった。うぅ…腹が空きすぎて、体に力が入らない。

 

天井から木の梁が落ちてくる。ローブを着た男はビットリオの着古された上着を破いて開き、その装置でビットリオの胸を覆った。

 

ビットリオは胸の底から叫び声をあげた。ブンブンという機械音が彼の耳に響いてきた。天井から埃が落ちてきて彼の目に入った。この建物が崩れてくる。今すぐここから出なければ・・・

 

ビットリオは自分の爪で柔らかい木の床に、あのシンボルを刻み込んだ。

記憶 118

ビットリオが床にシンボルを刻み終えると、周りの世界が姿を変えていった。ローブを着た男は落ちてくる梁を見上げ、次の瞬間、姿を消した。あの女の姿も、とっくに見えなくなっていた。

 

それにしても自分を襲ったあの男はなんだ。なんという無意味な暴力だったか…ビットリオは幼い頃から、暴力は狂気の産物だと思っていた。一種の病による症状で、一度その病にかかると簡単には治せない。ビットリオが一度信頼したハンガリーの騎士も、暴力の誘惑には勝てなかった。

 

ビットリオが平常心を戻すと、風に揺れる木の葉のざわめきが聞こえてきた。薄暗い日差しが木々の間から差し込んでいる。そこは森林だった。

 

立ち上がると彼は胸に強烈な痛みを感じた。そうだ!胸に傷があるはずだ!ローブを着た男が持っていた拷問装置・・・やつは俺に毒を注入したに違いない。

 

ビットリオは破かれた上着を覗き込み、自分の胸に刻まれた跡を見つめた。それは刺し傷でも、何かが注入された跡でもなかった。ローブを着た男は、彼の胸に何かを描いていた。ビットリオはケルト族の書物を思い出した。消えることのないアートを体に刻み入れる技法があるらしい。そして、聞き覚えのない言葉を思い出した。彼の時代には存在しなかったもの。これは「タトゥー」だ。

 

でもどうして、あの男はこんなことをしたんだ?ビットリオは自分の胸に刻まれた「印」を見つめた。それは完成していなかった。宿屋が崩れ、ビットリオが脱出し、男の作業は中断されたのだろう。

 

ひょっとしたらこの印にも、あのシンボルと同じような力があるのかもしれない。ビットリオはそれを土の上に描いてみた。辺りには風に揺れる木の葉の音が静かに響き渡った。何も起こらない。

 

そういえば・・・ビットリオはもう何日も、何も食べていなかった。腹ペコだ。あのローブを着た男にだって、ろくに抵抗する力がなかった。あの男に勝るような相手に襲われたら、今度は生き延びられないだろう。

 

ビットリオは葉っぱと果実をかき集め、口に押し込んだ。少し喉が焼けるような感じがしたが、少し体力が戻った。でもこれでは長続きしない。もっと食べる必要がある。別の領域へ行けば、ちゃんとした食事にありつけるかもしれない。

 

ビットリオは土の上にあのシンボルを書こうとした。するとそのとき、木々の間から叫び声が聞こえてきた。ビットリオは声がする方向に駆け出した。危険が待っているかもしれない。しかし、彼の体は自然と動いていた。その叫び声は何かが違っていた。どこか聞き覚えがあったのだ。  

記憶 119

森の中を駆け抜けるビットリオの耳に叫び声が突き刺さり、彼の心を揺さぶった。この声には聞き覚えがある。叫び声に気を取られたビットリオは、イバラの穴に落ちそうになった。その穴は、彼の絶望感のように底なしに見える。ビットリオはその深さに魅了され、穴の中を見つめた。すると、叫び声が再び彼の耳に響き渡り、ビットリオは我に戻った。

 

ビットリオはその声を聞いたことがあった。その叫び声を忘れることはできなった。彼の領地の住民たちがコバッチに苦しめられ、泣き叫ぶ声だ。ビットリオは何日も、暗く冷え切った牢屋でその叫び声だけを聞いていた。それは、彼が守ると誓った住民だちが一人ずつ殺されていく音だった。

 

ビットリオは空き地に出た。彼が空き地を通り抜けると、叫び声が後ろの方から聞こえるようになった。彼は空き地に戻って、足元を見た。これはなんだ?錯覚でも見ているのか?それは鳥のヒナだった。巣から落ちたのだろう。ヒナがくちばしを開けると、そこからポルトスクーロで聞いた住民たちの叫び声が出てきた。

 

ビットリオはひざまずいて哀れなヒナを手に取り、それをじっくり眺めた。ヒナはとても小さく、弱っている。ビットリオの腹が空腹の音を立てた。こんな小さな生き物でも、食べられる肉はある。するとヒナがくちばしを開け、叫び声が再び聞こえてきた。やめろ。やめてくれ。叫ぶのをやめるんだ。

 

ヒナの首はとても細かった。指でそれを曲げれば、叫び声も止まり、その肉を食べられるだろう。ビットリオの手は震えた。そしてヒナの首に手をまわした。するとヒナの目が初めて開いた。その大きな瞳は、魂と悲しみに溢れていた。彼はヒナにかけた手をほどいた。狂気に負けることが、どんなに簡単なことか・・・少し腹が空いただけで、罪なき小鳥を殺すところだった。

 

正気を失って、たまるものか。

 

ビットリオはその手で優しくヒナを包み込んだ。するとヒナがいきなりそのくちばしを彼の手のひらに突き刺した。驚いたビットリオは、ヒナを手から離そうした。ヒナは彼の手にぶら下がり、皮膚を引き裂き、彼の血を飲み込んだ。その恐ろしい吸血鬼は血を吸い続け、ドンドン大きくなった。ビットリオは野獣をなんとか掴み取り、森の中に投げ捨てた。

 

波打つ赤黒い霧を引き連れ、巨大化した野獣が再び姿を現した。その翼は木を切り裂き、そのくちばしからは血が滴り落ち、その巨大な体はビットリオに向かって突進してくる。

 

隠れる場所はない。草木の茂みは深く、簡単に移動できない。野獣はスルスルと簡単に木々の間を通り抜けてくる。ビットリオは木々の間を必死に走り抜ける。足が絡まり、転びそうになる。止まっている暇はない。彼の頭にある「作戦」が浮かんだ。その息が背中に感じられるほど野獣は接近している。

 

野獣がビットリオの背中に襲い掛かってきた。服が裂かれる音がして、血がにじむような鈍い痛みが走った。野獣が彼に追いつこうとしたその瞬間、ビットリオは方向を変えて横に駆け抜けた。それが彼の作戦だった。素早い行動が功を奏し、彼の目の前で生と死が交錯した。

 

野獣の行く先には、ビットリオの避けたイバラの穴が待っていた。野獣の重く巨大な体は穴を避けられず、そのまま穴に落っこちた野獣の骨が折れる音と悲痛な叫び声がビットリオの耳に響いた。ビットリオはふと愛馬ドメニコのことを思い出した。

 

野獣は穴の中で悶え、壁を引っ掻いて這い上がろうとしたが、そこから抜け出すことはできない。ビットリオは腰を下ろし、葉っぱを食べながら、野獣の怒りに満ちた瞳を見つめた。

 

観察者を探す旅は続く。

 

ビットリオはゆっくりと棒を手に取り、あのシンボルを足元の地面に刻み込んだ。そして野獣を残して別の世界へと姿を消した。

記憶 120

ビットリオは新たに入り込んだ領域を見回し、喜びに震えた。

 

そこは食料貯蔵庫だった。それはこれまでに見たことがないような場所だったが、食料貯蔵庫だということはすぐに分かった。果物や野菜は干からび、しなびていた。天井からは干し肉の塩漬けが吊るされている。空のアイスボックスの上では大量のバターが強烈な匂いを放ち、棚にはチーズが積まれている。錆び付いた蛇口からは水が滴り落ちている。

 

ビットリオは腐った食料品には手を出さず、熟成した肉やチーズを食べることにした。あの気まぐれなシンボルも今回は俺に少し恵んでくれたようだ。

 

ビットリオは子供のころに野犬が雌鹿の死体を貪るのを見たことを思い出した。夢中になって飲み食いしている間、彼の頭に思い浮かぶのは、あの犬の姿だけだった。空腹が満たされ正気に戻ると、ビットリオは体に負った傷の痛みをやっと感じるようになった。鳥の野獣は彼の手に深い傷を残していた。背中も野獣のくちばしで切り裂かれていた。

 

ビットリオは赤黒くなった手を洗いながら、蛇口からキレイな水が出てくることに感謝した。そしてボロボロになった上着を使って彼の背中を洗うことにした。

 

ビットリオは肩から上着を脱ぎ、自分の胸に刻まれた印を見つめた。それはローブの男が残した小さなタトゥーよりも大きくなっているように見えた。それにしても、あの男がこれを刻んだのはいつだったか・・・あれから印の数が増えて、タトゥーのあった部分が広がっている。

 

彼は背中を洗うのを忘れ、新しいタトゥーに見入った。ビットリオは、その文字をどこかで見たような気がした。そして研究中に書物で見たルーン文字のことを思い出した。タトゥーは今では胸から肩へと広がっている。そこには同じようなルーン文字がいくつか書かれていた。

 

このタトゥーはもっと大きくなるんだろうか?

記憶 121

食料貯蔵庫から出る扉は一つしかなく、その扉には鍵がかかっていた。まあ、いいさ。ビットリオはゼリーの瓶を使ってタイルの床にお馴染みのシンボルを描いた。ビットリオは次の行先もこの場所と同じぐらい「意外」な場所であることを祈った。

 

ビットリオは薄暗い部屋にいた。観察者はまだ見つかりそうもない。床や壁は土でできている。ここは地下だ。大地が揺れ、上から土が降ってきた。頭上から大きな爆発音が聞こえてくる。

 

ここから出なければ。彼はブルっと震えた。なんだ?俺はほとんど裸じゃないか。脱ぎ捨てられた服の山が彼の目に入った。革製のものや、亜麻布のもの。良かった。上から下まで揃いそうだ。

 

彼が選んだ服は少し大きめだったが、体を暖めるには十分だった。また爆発音がした。ビットリオは自分に降りかかった土を払い落とした。

 

今のうちに逃げよう。ビットリオは土の壁に指でシンボルを刻もうとした。するとそのとき、そこに他の誰かがいることに気づいた。

 

両手を頭の上にあげろ。今すぐにだ。

 

それは喉に何か詰まっているような、ガサツな声だった。ビットリオはその命令に従った。振り返ってこっちを見ろ。その顔を見せるんだ。

 

ビットリオが振り返ると、そこには赤と黒の羽が生えた兵士が立っていた。その顔には金色の目とくちばしがあり、その手にはビットリオが見たことのない武器を持っている。

 

お前はいったい何者だ?しかしビットリオには、その答えが分かっていた。彼が森の穴に置き去りにした野獣は、痛みに悶え苦しんでいた。この兵士はあの野獣と人間に似た生き物が結びつき、産み出されたように見えた。

 

すると同類の兵士たちが合流し、兵士たちはビットリオを細い通路へと導いた。そして天井に開いた扉から外に出るようビットリオの背中を突っついた。地上へと続く扉だ。ビットリオは、地上から聞こえてくる爆発音にたじろいだ。遠くでは戦いが繰り広げられ、自自分の周りでは軍服を着た野獣たちが檻や手押し車に人間を押し込んでいた。囚われの身となった人間たちだ。

 

あの野獣が自由の身になって、自分がまた囚われの身となったのか・・・

 

すると聞き覚えのある金切り声が響き渡り、野獣の兵士たちはその作業を中断した。兵士たちはひざまずき、翼を持った巨獣を見上げた。鳥の脚の傷は治ったものの、ひん曲がったままだ。巨獣は赤と黒の羽を輝かせながら、兵士たちの上を舞い上がった。  

記憶 122

ビットリオの腕は背後で縛られ、両手の指がかすかに触れ合うほどだ。体を縛り付けられた太い柱が背中の古傷を擦りつける。あの傷を負ったのは、どれぐらい前のことだったか・・・ビットリオはあの古傷が再び開いていくのを感じた。あの巨獣が鋭いくちばしで彼の背中に傷を負わせてから、ずいぶんと時間が経った。あいつは一度逃がした獲物を今度は始末するつもりだろう。

 

捕虜になった他の人間たちが近くで叫び声をあげている。ビットリオはそれを気にかけないよう努めた。そして背後の腕をできるところまで伸ばしてみた。彼を縛っているのは縄だけだ。縄は伸びる。そして縄は切ることだってできるはずだ。

 

必要であれば自分の手のひらにあのシンボルを刻み込んでやる。兵士が大声で命令を発し、捕虜の一人が誰よりも大きな叫び声をあげた。あっちを見るな・・・集中するんだ。下を向いていながらも、ビットリオは地面が揺れるのを感じたし、巨獣が舞い降りるたびにその羽が舞うのが目に入った。あっちを見るな・・・捕虜の首が鞭で打たれ、柱から解き放たれた。

 

巨獣はそれを飲み込み、くちばしを上に向けた。あっちを見るな・・・

 

チャンスがあったときにあいつを殺しておくべきだった。あの忌々しい「ヒナ」が動かなくなるまで、この拳で握り潰しておくべきだった。この地獄はすべて俺のせいだ。

 

俺の過ちのせいで、何人の人間が命を落としたことだろう?

 

彼の耳にポルトスクーロの住民の声が聞こえてきた。あの牢屋で耳にした声だ。あの牢屋のことはもうあまり思い出せない。しかし、あの叫び声は覚えている。あの叫び声も元々の原因を作ったのはこの俺だ。コバッチを連れてきたのは俺なのだから。コバッチは俺の命令に従うと思った。自分はこの世界に秩序をもたらせると思った。そして、観察者を見つけられるとも思った。

 

彼の思ったことはすべて間違っていた。そして今、彼は自分の失敗の産物に取り囲まれている。

 

そのとき何かが音を立てて彼の腕が解放された。いったい俺はどうやって縄を切断したんだ?

 

巨獣が彼の頭の上を飛び回り、最後の「捧げもの」を見下ろしている。他の捕虜の姿はもうそこにはなかった。残るはたった一人。

 

ビットリオは因縁の宿敵を見上げた。ここは逃げるのが賢明だろう。地面にシンボルを書き込んで、逃げればいい。でも、なんのために?俺がここで死ねば、これ以上俺の失敗で他の者が犠牲になることはなくなるだろう。

 

巨獣は頭を下に向け、急降下してくる。辺り一面に闇と沈黙が立ち込めた。

記憶 123

あんたか・・・あんたに会ったのは、もうずいぶん前のことだ。

 

ビットリオが目覚めると、見覚えのある顔が覗き込んでいた。優しそうな顔だ。前は生気がなかったその顔は、今は違って見える。

 

思い出した。この場所にも来たことがある。ビットリオは上半身を起こして、足からがれきを払い落とした。階段は崩れ落ち、天井にも穴が開いている。なんだこれは?

 

宿屋だよ。その女はひん曲がった指で彼の顔を拭った。俺はあいつに襲われた。そして飲み込まれたんだ。

 

そうだよ。女は自分のことを哀れんでいるようだった。ビットリオ自身も自分の運命を哀れんだ。翼をもったあの悪魔は深淵の生き物だよ。あいつは世界を飲み込むんだ。噂じゃあ、あれよりも強くて、貪欲な生き物もいるらしいけど。

 

部屋が揺れ、宿屋の外でなにかがざわめいてる。

 

ここから抜け出さないと・・・外に出るんだ。ビットリオは立ち上がって、扉に手を置いた。しかし、思いっきり押しても扉は動かない。待って、私に任せて。女が扉にそっと手を置くと、扉が開いた。

 

しかし、扉の向こう側は「外」ではなかった。彼の中で別の記憶が蘇ってくる。それは宿屋を訪れたあとのことだ。遠く離れた場所・・・あの時と同じ匂いがする。果物や野菜の腐った匂い。硬くなった肉に、粉々になったチーズ。錆び付いた蛇口からは今も水が滴り落ちている。

 

あのときは死ぬほど腹が空いていた。この食料貯蔵庫でたらふく食べたんだ。でも、この場所がどうしてここに?

 

この領域も飲み込まれたのよ。女はその手に腐った食べ物を持っている。ビットリオは壁にもたれかかった。済んだことは仕方がない。抜け出す術はないのだ。

 

これはなに?女は彼のチュニックの上に手をやった。ゆっくりとチュニックが彼の肩から落ちた。彼女の手は彼の胸から肩へと、不思議な印をたどった。

 

ビットリオが自分の体を見ると、タトゥーがまた広がっていた。それは胴体全面を横切り、腕の先まで広がっている。女は彼の周りを歩きながら、その手を彼の背中へとたどらせた。俺の背中にも広がっているのか?

 

ローブを着たあの男。彼はあんたの胸に種をまいていったのね。あれが今じゃ、ここまで広がったんだ。

 

ビットリオはまた上着を身に着けた。俺を襲った男は、ここにいるのか?いないよ。あんたがいなくなったあと、彼もここを去ったんだ。手紙を残していったよ。彼には多分あんたが戻ってくるって分かっていたんだね。

 

女はパピルスの巻物を手渡した。そこには挨拶の言葉も、ビットリオが理解できるようなメッセージもなかった。そこにはシンボルだけが書かれていた。あの狂った男は、これを書き終えていないじゃないか。似たようなものを何度も見てきたビットリオには、紙に書かれたシンボルが不完全なものであることがわかった。

 

不完全なものか・・・その時、ある考えがビットリオの頭に浮かんだ。あの男が彼の体に残したタトゥー・・・彼の胸に残していった種・・・ビットリオは前に一度タトゥーのシンボルを書き写してみたが、何も起こらなかった。それは「不完全」だったのだ。

 

彼の指の血は乾いていて使えない。彼は古傷を舐め、カサブタを引っ掻き、赤のインクを作った。ビットリオはパビルスの紙の上に指を置き、そこに彼の胸に残された「種」を描いた。パビルスに書かれたメッセージはパズルで、最初のタトゥーはそのパズルに欠けていたピースに違いない...

 

彼のいる部屋が揺れ始めた。彼の頭の中に、遠く離れた場所が浮かんでくる。台からは威圧的なフックがぶら下がっている。ローブを着た男が現れ、手を差し出す。そしてビットリオに前に進むようせき立てる。

記憶 124

ビットリオは自分の興奮を鎮めるように部屋の中を歩き回った。

 

俺はすでに「彼」に会っていたのだ。俺は気が遠くなるほど長い間、観察者を探してきた。でも、観察者はとっくの昔に俺を見つけていた。彼らの知識を得たいと願っていたのに、それはずっと俺の体に刻み込まれていた。あの男は俺を襲ったんじゃなかった。俺に贈り物をくれていたんだ。

 

観察者は俺を選んだ。

 

ビットリオは食料貯蔵庫へと足を進めた。女の目線が自分を追っているのを感じた。彼の耳には外の騒音やざわめきしか入ってこなかった。そして引き出しにナイフを見つけた。

 

俺はこの旅をやめるわけにはいかない。観察者は俺を選んだ。ここから抜け出して、観察者の領域を見つけるぞ。彼が残したシンボルを書き出せばいいはずだ。

 

彼の手にあったパピルスの巻物は、もうそこにはなかった。俺は正気を失ったんじゃないか…ビットリオは巻物にあったシンボルを思い出そうとしたが、夢から覚めるようにその記憶も薄れていった。ビットリオは苦笑した。知識はそう簡単には手に入らないことを彼は誰よりも知っていた。

 

これまで使っていたシンボルじゃ、埒が明かない。あれだと領域間を思うようには移動できない。次にどこに移動するのか、まるっきり分からないし、地獄のような場所に送られることも多い。俺の体のどこかに領域間の移動をコントロールする「鍵」が書かれているはずだ。それが観察者や彼の領域へと導いてくれるに違いない。そして完全なる領域を見つけるんだ。

 

彼はひび割れた鏡の前にたち、自分の胸や腕、胴体、背中をじっくり観察した。走り書きされたようなシンボルは馴染みのある文字ではなく、判読することは難しい。これは気をつけないといけないぞ。シンボルを間違って使えば一巻の終わりとなるかもしれない。

 

するとそのとき、馴染みのあるシンボルが彼の目に入った。彼がこれまで使ってきた丸や渦のシンボルだ。ビットリオはそれを使って様々な領域を行き当たりばったりに移動してきた。しかし、鏡に映ったシンボルは少し違っていた。そこには小さな形や線がアクセント記号のように入っていた。それはシンボルの意味を変えるものだろう。

 

これだ・・・ビットリオは探し求めていた「鍵」を見つけたのだ。

 

ビットリオは宿屋の壁にナイフを突き刺し、そのシンボルを刻み始めた。しゃがれた叫び声が部屋の中に響き渡った。シンボルを刻んだ跡からは血が噴き出し、壁を流れ落ちた。

 

俺はこれまで暴力に手を染めたことはなかった。この手で人を傷つけたこともない。その必要もなかった。でも、それは運がよかっただけだ。その運も尽きた。

 

ビットリオは壁にシンボルを刻み続けた。鏡に映ったシンボルを注意深く、正確に再現した。壁は震え続け、血は際限なく噴き出した。悲鳴はどんどん大きくなっていった。

 

ビットリオは耳元に女の唇を感じた。あんたは力を手に入れた。とりあえず、今のところはね。

 

そして女は姿を消した。  

記憶 125

ビットリオが目を開けると遠くの丘に太陽が沈みかけ、周囲には硫黄の匂いが漂っていた。そして簡素な木造の小屋が目に入った。

 

足元は何かが潰れているようにグニャグニャとしている。周りを見ると、自分が大量の血と内臓、そして赤と黒の羽の中に立っていることに気づいた。自分と小屋の間には、あの忌々しい巨獣の頭部が首から血をたれ流して落ちていた。

 

ビットリオは空を見上げ、勝ち誇ったように叫び声をあげた。深淵の生き物が死んで、俺が生き残った。

 

観察者は俺をここに来させたかったに違いない。あの「完全な」シンボルがこの場所に、この小屋に俺を導いた。ここから彼の領域に行けるのだろうか?すべてを突き止め、真相を解き明かしてやろう。

 

ビットリオが小屋の扉を開けると、そこには下へ続く階段があった。

 

階段の下にある部屋は真っ暗で、深すぎて夕日の光は届かない。暗闇の中、ビットリオは足を進めた。するとロウソクのようなものが目に入った。ビットリオがそれに手を触れると、ロウソクに灯がともり芯の上を炎が揺れ始めた。

 

勝手に灯がともるロウソクか・・・たいしたもんだ。

 

埃やクモの巣の下には鋼製の機械や木製の秘密箱、奇妙な液体が入った瓶などが並んでいた。ビットリオは他にもロウソクを見つけ、やがて部屋中が明るくなった。

 

そこは作業場だった。研究で見つけた書物に書かれていた通りの様子だ。豪華な装飾の棚には、何世紀にも渡って培われた神秘的な知識が並べられている。観察者は俺を選んでくれた。そして、この場所が彼の領域へと導いてくれるに違いない。

 

机の上の本がビットリオの目に留まった。表紙にはシンボルが書かれている。彼の胸に書かれたシンボルだ。まるっきり同じではないが、とても似ていることは明白だった。ビットリオはその本から埃を払い落とした。そして、そのページの特別な質感に驚いた。それは古びていて、硬い革のようだった。そしてどのページにもシンボルがタトゥーのように刻み込まれていた。

 

ビットリオはハッとして本を落とし、後ずさった。これは紙じゃない。皮膚だ。人間の皮膚がつなぎ合わされて本になっている…それは彼と同じようにタトゥーの入った皮膚だった。

 

ビットリオは作業場に立ちすくんだ。そして広大な領域が自分に押し寄せてくるのを感じた。

 

“学術書14”ビットリオ・トスカーノのアーカイブストーリー「彷徨い人の旅」~fin~