本日は「学術書13」で解放される「ミカエラ」の過去が描かれた背景ストーリーのご紹介です。
【学術書13】ミカエラ・リード「そして霧が訪れた」
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ミカエラは首の後ろをほぐして、物語を語る準備を始めた。顔は温かく、喉は詰まっているような感じがして、脚にはあまり感覚がない。ほとんど聞こえないような声で自分に言い聞かせた。しっかりするのよ・・・
しっかりするの…
しかし、しっかりすることができない。息をするたびに苦しい。身体のどこかを動かすたびに、みぞおちに痛みが走る。心臓の鼓動が聞こえる。脳は脅威を感知し、副腎が突発的にホルモンを放出する。アドレナリン。コルチゾール。恐怖で身体が麻痺すると同時に、鼓動が高鳴る。しかし、この恐怖は物理的な恐怖ではない。彼女は、生きたまま焼き殺されるのも、崖から突き落とされるのも、毒ヘビでいっぱいの暗い穴に落とされるのも恐れてはいない。
彼女が恐れているのは、見知らぬ人々を前にして舞台に立ち、物語を語ることである。
人々に最大の恐怖が何であるかを尋ねたら、これと同じものが常に上位に挙げられるだろう。大勢の人前で話すこと。なぜなのだろう?なぜ、恥ずかしさが四肢の切断よりもずっと恐ろしいのだろう?
ストーリーテリングは人間の歴史ほど古く、ミカエラは自分のDNAにこれが埋め込まれていることを知っている。ストーリーテリングは世界を理解する手段であり、自分を理解する手段でもある。これを通して、他の人間と繋がり、自分の真実を伝えるのだ。ミカエラはその繋がりを見つけることの虜になっている。
自分の物語を書いて読んでもらったり、他の人に語ってもらったりすることもできるが、ミカエラにはそれでは足りない。もっとそれ以上の何かが必要だ。恐怖、アドレナリン、戦わねばならないという追い込まれた感情。しかし何よりも必要なのは、観客との心の繋がりだ。皆が、ミカエラが見ているものをそのまま見られるように。皆が、ミカエラが信じていることをそのまま信じられるように。皆が、ミカエラが感じていることをそのまま感じられるように。そこにあるすべての目がミカエラを見ている。ミカエラの言葉を逃すまいとして耳を澄ませている。
木曜日の夜はムーンストーンでオープンマイクが開かれる。ミカエラは友達全員に来るように頼んだので、がっかりさせたくなかった。
自分自身をがっかりさせたくなかった。
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ミカエラはキッチンテーブルに向かって座り、書こうとした。だが、何も十分に思えない。すべてのアイデアが退屈に思えた。味気がない。馬鹿げている。頭に浮かぶのはすべて、以前に誰かがやってしまったことばかり。
ミカエラは人間の深くにある恐怖に触れたいと思っている。別の現実を見せるのだ。魅了して、魔法にかかったかのように惹きつけたい。
そのためには、最高の物語が必要である。素晴らしい物語。人を惹きつけて離さない、観客が答えを知りたがる疑問を投げかけるようなストーリー。_
友達の前に立って話すのと、見知らぬ人々の前に立って話すのでは違う。
胃が飛び出しそうな感じがする。吐き気がする。不安と、昼ご飯に食べたバナナケーキを吐き出したい気分に襲われた。コーヒーは大好きだが、カフェインは不安に拍車をかけるだけだ。
自分の話を聞きたい人などいるのだろうか?人が聞きたいと思える何を自分が話せるのだろうか?だから、物語は完璧でなければいけない。驚き。恐怖。感情的。ショッキング。完璧。オリジナル。どころが、どのアイデアも十分でないように感じる。どれもダメだ。
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ミカエラは最後の客がムーンストーンから出るのを見送ると、扉に鍵をかけた。すべてのコップやトレイ、スコップを洗い、エスプレッソマシンを洗浄して、電源を切った。冷蔵庫を拭き、床をはいた。くたくたになるまで働くと、座って書き始める。
ほぼすぐに恐怖に支配される。汗が額に滲み、やがて鼻に流れてくる。ノートに汗が滴り落ち、インクをにじませる。
ミカエラが恐れているのは失敗ではない。追放である。追い出されて、仲間からつま弾きにされることである。孤立して、孤独になること。
ひとりっきり。
2年生の頃、新しい学校に通い始め、まったく友達がいなかった。昼ご飯のツナサンドイッチをひとりで食べようとして、一口も喉を通らなかった。食欲がなかったのだ。喉に何かつっかえているように感じた。そのときの寂しさをいまだに骨に染みて覚えている。その孤独は、死ぬことよりも怖かった。原始的な恐怖。
ミカエラは前にムーンストーンで物語を話そうとしたことがあったが、思ったようにいかなかった。手元の紙をちらちら見なくて良いように、物語を記憶しようと考えたのだ。しかし、観客を見た瞬間に、最初の言葉さえも思い出せなくなった。凍りつき、間抜けに突っ立っているだけだった。10秒が10分に感じられ、ついにミカエラはその場を後にした。今でも首の後ろが焼けるような恥ずかしさを覚えている。
コメディアンが観客を笑わせられない時、「死亡した」という表現をする。
死ぬよりも最悪だ
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ミカエラは自分の恐怖が、より深くに根付いていることを知っている。脳の扁桃体と呼ばれる小さな部分だ。恐怖とは本能であり、勝手に湧き上がるものだ。しかし、そんなことを知っていても何の役にも立たない。
恐怖を乗り越えなければいけないのだから。頭の中のあらゆる声を黙らせなければいけない。
自分を蝕む声。自分を見下す声。自分を疑う声。自分が十分でないような気持ちにさせられた。
あの先生たちのように。
失読症の子どもへの教え方を知らず、誤読やスペルミスをするたびに自分に恥をかかせた2年生の頃のステンソン先生のように。
自分の書いた物語に赤で添削を入れまくった10年生の頃のブランディーズ先生のように。いつも赤インクだった。あの先生は、馬鹿げた規則ばかり押し付けてきた。同じ言葉を繰り返さない。不定詞を分けて書かない。接続詞で文章を始めない。前置詞で文章を始めない。
これはダメ、あれもダメ、全部ダメ。
やっていけないことばかりだった。
語り手としての自分の本能や直感を疑わせるばかりだった。自分の喜びを殺し、もともと規則ではないような規則で創造性を殺してしまうばかりだった。物語をよそよそしく、不自然に、人工的にしてしまう規則。ミカエラは自分の物語をその正反対にしたかったのに。親しみを持てて、自然で、正直一完全な正反対だ。
ミカエラはブランディーズの彼の言う規則とやらについて、何度もやり合ったことがある。今までに語られた偉大な物語は、ほぼすべての文章が接続詞で始まっているんだ、と。ブランディーズに、その規則がどこに記載されているものかを見せてもらうように挑んだこともある。すると、彼は何も言えなかった。見せるものなどなかった。少なくとも公式なものは何もなかった。ただ単に一冊の文学マニュアルが、他のマニュアルと矛盾しているというだけの話なのだ。ミカエラはこう思った。昔々、ある先生が自分の気に入ったスタイルを一式の規則として教え、それを習った人々が社会に出ていって、このスタイル的な虚偽情報を広めていったのだと。
昔、ブランディーズに、自分が書いた物語を返してもらった時のことを覚えている。ブランディーズが彼女の机に身を乗り出した時のことだ。その臭いを覚えている。安っぽいアフターシェーブローションが、体臭と勝ち目のない臭いのバトルを繰り広げていた。そしてミカエラがペンを握るたびに、ブランディーズの醜い言葉が聞こえる。
素質がある人間もいる。君はそうじゃない。でも、心配しなくていいよ。君のせいじゃないんだからね。そういう人間だってだけのことなんだから。
それほどたくさんの否定的な状況に囲まれても、ミカエラは、ほそぼそとインスピレーションの炎を燃やし続けた。自分が大好きな作家によって育まれた、パチパチと音を立てる炎。メアリー・シェリー、エドガー・アラン・ポー、シャーリイ・ジャクスン。彼らは規則に従うことなど気にもせずに書いている。登場人物を創造して、物語を綴り、世界を構築しただけだ。
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その女には、何となく人を寄せ付けないところがある。真剣さだろうか?無関心さだろうか?いや、超俗的な部分だ。
暗く、危険なこの場所でさえ、彼女は植物とより強い絆を持っているように見える。木々、低木、夜中に咲く花、伸びたツル、夜に音楽を奏でるコオロギ。黒い濃霧をも貫く局地的で小さな光に惹かれてやってくる蛾、茂みをチョコチョコと走るネズミ。彼女は何時間でも、蜘蛛が巣を作るところを見ていられる。それこそが彼女の興味の対象だ。陰鬱で邪悪な世界でも、どうにかして繁栄し続ける生き物たち。
彼女は普通の人がそうするように、人の表情を読むことができない。誰かの顔を見て、その人の感情を理解することができない。人間の感情という言語が、解読不可能なのだ。彼女の優しく、知的な目は、大きいプラスチックの眼鏡で彩られている。肌の色は浅黒い。漆黒のきっちりと巻かれた髪は、三つ編みにされ、柔らかく、美しい雲のようだ。
暗い霧の中を移動すると、肌が恐怖で刺されるようだ。この場所には、危険が潜んでいる。捕食者、怪物、死臭。そして腐敗した肉の不快な甘い香りが潜んでいる。空気は湿っていて、冷たい。
コオロギが突然、鳴き止んだ。突然の静寂に、彼女は足を止めた。じっと待つ。耳を澄ませながら、息をひそめながら。
後ろのほうで、低いうなり声が静寂を切り裂く。振り向くと、傷のついた、奇形の顔が目に入った。怪物は轟音を立てるチェーンソーを手に持っている。恐怖に駆られたカラスが木から飛び立つ。ミカエラは女とともに叫び声をあげ、驚きで目が覚めた。暗闇で、汗まみれで横たわっている。
悪夢だ。
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不安による悪夢。それだけのことだよ。ジュリアンには確信があるようだ。2人はムーンストーンのベランダでコーヒーを飲んでいる。今はすべてが日常に、安全に感じる。太陽の下、座ってラテを飲む。
だったら、なぜ今でもこんなに怖いんだろう?まだ悪夢の中にいるみたいなの。まるで悪夢が終わってないみたいよ。
ジュリアンは肩をすくめた。脳っていうのはそういうもんさ。僕たちが眠っている間に、不安に対処してくれるんだ。君は舞台に上がって、話をするのを恐れているだけだよ。
ミカエラはコーヒーを一口飲み、頭を振った。話のネタだってないのよ。
ジュリアンはミカエラの手を握った。それほどややこしくする必要はないんだよ。ジュリアンは椅子を引いて立ち上がる。君に何が必要か分かるかい?真の恐怖を知る必要があるんだ。背筋が凍るような、歯を食いしばるような、腹をえぐられるような恐怖をね。
ジュリアンは時に、とんでもないほど愚かである。何か提案があるわけ?
採石場さ!
でも、私が高いところが苦手なの、知っているでしょ。
だからこそ、何も言わずにジャンプするべきなんだ!
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恐怖が彼女を突き動かす。彼女は走った。力強い脚で、暗い森の奥深くに進んでいく。霧の中で暗い木々が突然見えて、その間を駆け抜ける。押し進む大きな足音。
捕食者が誰であれ、粘り強いようだ。身体は大きく、強い。唸り声を上げ、叫んでいる。憤怒に任せ、容赦なく追ってくる。
それは飢えばかりに気を取られて、背後の茂みで衝突した。
生き残ろうとする女の意志は素晴らしい。ミカエラは女を見ると同時に、その中に住んでいる。必死に逃げながら、その肌に生きている。
ミカエラは、これほど自分が強力だと感じたことは今までなかった。とても強い。背後の獣が距離をつめてくる一方で、世界はぼやけて過ぎ去っていく。
辺り一面は霧に包まれ、木々の間を突き進んだ。すると突然、地面が消え、奈落の底へと転がり落ちていく。
落ちる!
終わりなき霧の中を落ちている!
驚きで目が覚めた。暗闇で、横たわっている。ベッドは汗まみれで、心臓はバクバクいっている。
採石場のスタントは役に立たなかった。
まったくと言っていいほどだ!
ミカエラは気持ちを落ち着かせた。以前にも似たような悪夢は見たことがある。しかし、その夢の中では脚が重く感じた。ゴムでできているかのようだった。まるでぬかるみの中を走っているように、逃げられない。
今回のは違った。非常に鮮明で、生々しかった。ミカエラは自分ではなかった。他の誰かになっていた。誰か名前が・・・
マグだか・・・メグだか・・・
ミカエラはため息をついた。
その悪夢は、悪夢以上のものに感じられた。
他の現実への窓かもしれない。
あるいは、マンガを読み過ぎただけだろうか?
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ジュリアンはキッチンテーブルをはさんで、ミカエルの目の前に座っている。君は自分の恐怖から逃げているんだ。
じゃあ、なぜ自分じゃなかったの?
そりゃ、君が作家だからさ。
ミカエラは頭を振った。違うわ。私は語り手よ。
何が違うんだい?
大きな違いがあるわ。分かったよ…君は語り手だ。語り手として、君はすべての登場人物なんだ。君は彼らの中に生き、彼らは君の中に生きている。だからといって、他の現実を経験しているわけじゃないんだ。
でももし、私が本当の語り手でなかったとしたら?
褒め言葉を言わせようとしているな?
まさか。真剣に言ってるのよ。私って真似事をしているだけかも。
ミカエラ、そんなに自分に厳しくするんじゃない。自分を解放するんだ。チャンスをつかみ、飛び降りるんだ。君がずっと話し続けている霧とやらに頭から突っ込んでみればいい。恐怖に直面すれば、それに追いかけられることはもうない。
止まるとは思えないのよ。
ジュリアンは立ちながら笑った。そうか。もう仕事に遅れてしまうよ。
ジュリアンが急いで出ていく。ミカエラは紅茶を飲み終えて、シャワーを浴びることにした。
考えごとはシャワーの中が一番である。熱いシャワーが背中を打ちつけるなか、ジュリアンが言っていたことを考えた。
自分の悪夢は、潜在意識からのメッセージなのだろうか?カール・ユングは、人間の潜在意識は集合的無意識につながっており、これがあらゆる人間の魂を原初のイメージや古代の元型に結び付けていると信じていた。だから、多くの恐怖や恐怖症は普遍的なのである。なぜ多くの文化に同じような物語や神話があるのか。
熱いシャワーの下、身体の筋肉が緩み、デジャヴ主義と呼ばれる何かについて話し合った物書きのサークルを思い出した。その考えは、人間の脳は他の次元にある鏡像的な存在と同じ波長でかかわり合うことができる、という内容だ。サークルにいた男の一人は、自分の中の声はパラレル次元にいる別のバージョンの自分であると思っていた。他のメンバーはそれを聞いて笑った。ミカエラは笑わなかった。ミカエラは、繰り返される悪夢に基づく自分の物語を共有さえしたのだ。
シャワーの湯が冷たくなり始めた。シャワーを突然止めると同時に、ミカエラは何かをひらめいた。多元的宇宙のようなところで、現実にあることを夢見ていたとしたら?もしも悪夢で作り上げられたこの世界が、自分たち皆が体験している日常の現実から切り離された次元でなかったら?これが、すべてが同時に存在している、たくさんある現実の一つだったとしたら?そして、実際に複数の現実があるのだとしたら、眠っている間や起きている間に自分が作るあらゆる物語は、別次元を垣間見ているものでしかないのかもしれない。
ミカエラは興奮で震えた。すべての物語はすでに存在していて、自分に発見されるのを待っているのかもしれない。物語を書くということは、自分を痛めつけて、非難することではなく、無限という庭の中の可能性に自分自身の目を開くことなのかもしれない。
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ミカエラは恐れてではなく、はやる思いで眠りについた。今から、自分の悪夢を追いかけるのだ。ミカエラは悪夢の中に入り込むのが楽しみでならない。多元的宇宙の無限の中にある別の現実を体験するのが、楽しみでならないのだ。
暗い城の庭。泣いている男の周りには、死体が串刺しになっている。男は泥の中で、膝をついている。黒い霧が少し後退すると、さらに多くの血だらけの死体が見えてきた。男は名前を叫ぶ。
叫ぶ男は、中世の洋服を着ていない。ジーンズに黒のTシャツを着て、スニーカーをはいている。ミカエラの目に他の人間が映る。ヘッドホンをつけて、クリップボードを持っている人々だ。
よく見ると、石積みは色を塗られた木で、城壁は段ボールだった。死体はマネキンで、死んでいるように見せかけてあるだけだ。光が見える。カメラだ。泣いている男は、心から愛する人を失うという最悪の恐怖に直面している。闇に囚われ、霧に囚われている
―いつでも霧だ。
ミカエラは驚きで目が覚めた。が、今度は恐怖に囚われていない。得られたのはインスピレーションだ。ミカエラは数年前に書き始めた作品を棚から探した。最初の原稿を見つけると、まだイメージが鮮明である間に書き直した。読まれている文章を書き留めているかのように、物語が湧き溢れる。まるで過去に起こったことを書き留めているかのようだ。
そう、それは起きたのだ。
しかし、ミカエラが物語を朗読すると、まだ長ったらしく聞こえた。単調で、ぎこちなく、リズムがない。形も構成もなく、演じられる鮮明な瞬間もない。何かおかしい。何かが邪魔である。すぐにそれが何であるかが分かった。いまだに、無意識にあの規則に従っているのだー
学校にいた間、頭の中に何度もたたき込まれた、息がつまりそうな規則。そのせいで、物語がうまく流れない。生き生きとしていない。不自然に感じる。重く、死んでいる。なぜだろう?もともとは規則などではなかった規則を破ることを、いまだにためらっているからだ。
最悪!一体どうしたっていうの?なぜできないのよ?
ミカエラはリビングに急ぐと、お気に入りの本を何冊か選んだ。いずれも規則を破っている。全員そうだ。自分の好きな作家は全員、規則を破っているのだ。トウェイン、フォークナー、ディケンズ、ポー。ブランディーズは彼ら全員に、落第点をつけていただろう。皮肉だらけの若いシェイクスピアだったら、どうなっていたかなど想像もつかない。
加工された教師の言葉や工場の組み立てラインのような思考に位置づけられた、心の束縛から解放されたシェイクスピア。自分の規則や言葉を弁明もなく、自由に作り上げてしまうシェイクスピア。どこかの権力者や批評家が言うことをまったく気にしなかったシェイクスピア。彼は、さまざまな批評を受けた。最初の舞台が失敗し、5年間もペンに触れられなかったひどい鬱病との闘病後にシェイクスピアがこの自由を手に入れたことを、ミカエラは知っている。
5年間。
彼は最終的に他の人間の意見から解放されるまで、物語について5年間も考えたのだ。
しかし、いかにシェイクスピアの自由が欲しいと思っても、ミカエラには5年間も考えている余裕はない。
シェイクスピアの自由...
今までずっと他の人間を喜ばせようとしてきたのに、どのようにすればああいう自由を手に入れられるのだろう?
シェイクスピアは自分の言葉と規則を生み出した。だからこそ、彼は不死なのだ。
私は不死である必要はない。良い物語を語ることができるだけでいいのだから。
ミカエラは頭の中を駆け巡る否定的な考えを断ち切り、自分の話したい物語を話すことにした。話を短くする必要がある。中核の部分まで、そぎ落とす必要がある。間延びする要素はすべて削ぎ落とし、受動態は能動態に変更する。想像の中で、完璧なイメージを描きあげる言葉を使用する。そして、適切な言葉が浮かばなければ、作り上げる。それこそが創作だ。作ればいいのだ!しかし、反抗的な考えに鼓舞されると同時に、恐怖も覚えた。恐怖を覚えるのは、最終的な結果を大事にするように教えられたからである。あらゆる芸術家が自由になるために通る奮闘、模索、そしてクライマックスの戦いではない。
真に自由になるための通り道ではない。
足枷はなくならない。これが、自分の足を引っ張っているように感じる。だが、以前より力は弱い。それに、シェイクスピア的な自由はまだ手に入れていないかもしれないが一
ふりをすることはできる。
今のところはそれでいい。
そして今、ミカエラは立ち上がり、リビングを歩き回りながら、物語の最初の原稿を朗読する。大げさな休止を入れるタイミングを考える。ジェスチャーを追加するタイミング。話す速度を上げるタイミング。観客にショックを与えて、息をのませたり、叫ばせたりするようなタイミング。ミカエラは観客のために演じるだけではなく、観客を魅了したい。物語を単に語るだけではなく、観客がミカエラと一緒に生きられるように、ミカエラが物語を生きるのだ。
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ムーンストーンは非常に静かで、満員御礼だ。
ミカエラは物語を書き、何度も書き直して磨き上げ、洗練されたものにして、自分だけで、そして友達の前で練習をした。すべての言葉、すべての瞬間、すべての動き、すべての息遣いを研ぎ澄ました。余分な情報は取り払った。無関係なものはすべて。残るは、物語を語るのに必要なもののみ。
小さな舞台に向かい、合図する。照明がゆっくりと暗くなる。観客が静かになるまで待つ。そして、咳払いをすると始めた。
愛の力を信じる人はいますか?
真に信じる人はいますか?観客席から何名かの人が手を挙げたり、「信じる」と簡単にコメントする。
ミカエラは頷いた。
愛のためなら、クレイジーなこともできますよね?
何名かの観客は笑ったが、殻にこもってしまった観客もいた。
ミカエラは微笑んだ。
愛のためなら、家族を裏切る人もいます。愛のためなら、富や権力を諦める人もいます。愛のためなら、地獄に落ちてもかまわないという人もいます。しかし、宇宙には地獄よりもずっとひどい場所があります。死が単なる始まりに過ぎなく、魂を失ってしまうかもしれない場所。
自分の愛する人を取り戻すために、そこまで行けるでしょうか?
話し終わるとミカエラは、観客をひとり、そしてもうひとり、もうひとりと指差した。
実行しそうな人を知っていますか?私が聞いているのは、「愛は真にすべてを克服することができるのか?ということです。
魅了される観客の静寂に浸ると、少し舞台の端に近づき、1オクタテーブ声を低くした。観客が耳を澄ませなければいけないように。そして、観客がもう我慢ならないとなった時点で、この疑問に物語で答えるのだ。